科目 | 基礎生物学実験I(中等・環境) |
習得目標 |
●レポート・論文の「型」 ●形態の計測 ●データの統計的な記述と検定 ●実験におけるコンピュータの活用 |
概要 | ヒイラギモクセイの葉の棘の数の変異を調べ、その要因を推定する |
ヒイラギモクセイ: モクセイ科の常緑樹で、野生植物ではなく、野生植物どうしを掛け合わせて作られた園芸品種だと考えられている。ヒイラギとギンモクセイが両親という説が有力である。庭木として植えられることが多く、教育大構内にも、技術センター付近や学生会館向かいに数本ずつが植えられている。
モクセイ科: オリーブ・レンギョウ・ヒイラギ・ネズミモチ・トウネズミモチ・セイヨウトネリコ・トネリコ・アオダモなどが含まれる科で、日本で見られる種は、上はヒイラギモクセイの枝の写真(左)と部分の拡大写真(右)だ。若葉色の茎と葉が今春に伸びたところで、「当年枝」と呼ぶ。わら色の茎に深緑色の葉がついているところは去年の春に伸びた部分(前年枝)だ。当年枝では、まずヘラのような退化葉が1対か2対つき、そのあと硬い楕円形の葉が数対つく。
模式化すると、右の図のようになる。
葉の中心線を通る1本の葉脈(中央脈)からたくさんの葉脈が分かれる(このような葉脈パターンを「羽状脈」という)。
ヒイラギモクセイの葉の縁にはギザギザ(鋸歯)があり、鋸歯の先端は鋭い棘(とげ)になっている。ただ、上の写真(1本の木から3枚の葉を選んでいる)のように、棘の多い葉から少ない葉、また、棘がまったくない葉が、1本の木についている。
注: 丁寧に手入れ(刈り込み)がされているヒイラギモクセイでは、このような違いがはっきりしないことが多い。大駐車場〜技術科間のヒイラギモクセイは、それほど手入れがされていない。
棘は、いろいろな植物に見られる。ヒイラギモクセイのように葉の縁が棘になる場合もあるし、バラのように茎に棘がついている場合もある。また、ミカンのように枝全体がとがって棘になっていることもある。
棘は、植物が持つ、「食べられることを防ぐ」しくみの1つだ。逃げることも隠れることもできない植物は、武装することによって草食動物・昆虫・菌類・細菌・ウイルスなどの食害を防ぐ。武装のやり方は棘だけではなく、びっしりと毛を生やしたり、粘液を出したり、組織の中にえぐみや渋味や苦みの成分を含んだり、蜜を出してアリを呼び寄せたり、と非常にさまざまである。
このようにさまざまな武装があるのは、植物を食べる動物の種類や食べ方がさまざまなためである。草食の哺乳類は葉や枝を丸ごと食べるため、堅くとがった棘はその障害となる。一方、昆虫やナメクジのように葉や枝につかまってその一部を食べるような食害者には、棘は対策として有効ではない(むしろ毛や粘液が有効)と考えられる。
ヒイラギモクセイの棘のように、ある1つの特徴に注目したとき、ものによって違いが見られることを「変異」という。
別々の種の間に違いは「種間変異」、同じ種内の別々の個体の間の違いは「種内変異」または「個体間変異」、また、ヒイラギモクセイの棘の場合のように同じ個体の中での違いは「個体内変異」と呼ばれる。
変異は、生物学の研究にとって重要な手掛かりの1つだ。例えば、生物の持つ「何か」(器官・遺伝子・行動など)が生存や繁殖にとってどのような意義を持つのか(=どのような適応的意義を持つのか)を調べるときに、最もよく使われる正攻法の1つは、それがある個体とない個体、あるいは、よく発達している個体とあまり発達していない個体のようすを比較することだ。
ここでは、本当は、上のような考察は、ヒイラギモクセイのような種間雑種の園芸植物には、直ちに当てはめることはできない。だから、実験結果は、ヒイラギモクセイのもとになった種の特性が雑種のヒイラギモクセイに反映した、と解釈するべきだ。
この実験では、おもに大小関係の仮説を使う。
大小関係の仮説を立てるためには、1本のヒイラギモクセイについている葉を、何らかの基準に基づいて2つ(3つ以上でもいいが、ここでは単純に2つだけにする)のグループに分ける。そして、「グループ間で棘の数に差がある」というのを仮説にする。
一般的には、葉の棘は草食の哺乳類が葉を食べることを防止するという機能を持つと考えられる。しかし、やたらと多くの棘を作ることは、それだけ養分を消費し、葉の本来の機能である光合成が犠牲になってしまう。だから、枝の先端に棘が多い方が、また、草食の哺乳類の口が届く低いところに棘が多い方が有効なはずだ。予備的な観察をしてみると、高いところの葉の方が棘が少ないことが分かる。そこで、
という2つの予測ができる。
また、仮説を別の面から補強する予測として、棘が昆虫による食害には無力であるとすれば、
という予測ができる。
だから、レポートの序論は、次のようになる。
ヒイラギモクセイの葉の棘の変異とその生態的意義 ヒイラギモクセイ(Osmanthus ×fortunei)は、モクセイ科の常緑性低木で、庭木として植えられている。ヒイラギモクセイの葉の縁にはギザギザ(鋸歯)があり、鋸歯の先端は鋭い棘(とげ)になっている。棘の数は決まっているわけではなく、1本の木に、棘の多い葉から少ない葉、また、棘がまったくない葉が、ついている。 葉や茎など植物が持つ棘は、草食の哺乳類が葉を食べることを防止するという意義を持つと考えられる。しかし、一方で、棘は直接光合成の役に立たない繊維細胞を大量に含んでいるため、光合成の効率だけから見ると棘を持つことは不利になる。 棘の効果は、木の中の場所によって違うと考えられる。例えば、動物の口や手が届かないような高い枝についている棘はあまり有効でないだろう。また、1本の枝の中では、先端に近いところにある葉にある棘の方が効果が大きいだろう。 このように、棘を持つことにメリットだけでなくデメリットもあり、さらに、場所によって棘の効果が違うときには、場所により棘の数を変えることが有利な戦略(養分をより効率的に利用できる)であり、そのような戦略が自然選択により進化することが予測される。 この研究では、上の仮説を検討するために、
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