雌雄異熟(6)
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異熟のはたらき――Darwinの説明

18世紀の送粉生態学の先駆者、Kölreuter(1733-1806)やSprengel(1750-1816)は、異熟について多くの記述を残した。"Dichogamie"という用語を与え、雄性先熟と雌性先熟を区別したのはSprengelである。彼らによって、異熟によって自家受粉が妨げられることも早くから指摘されていた(Stout 1938)。

18世紀以来の送粉生態学の成果を再編成して次の時代に引き渡したDarwinは、自家不和合性、異熟性、雌雄異株性、異型花柱性、花序や花のしくみの一部など、被子植物の花のさまざまなあり方を、自家交配を避ける/他家交配を促す、という単一のメリットによって説明しようとした。

We may feel sure that plants have been rendered heterostyled to ensure cross-fertilisation, for we now know that a cross between the distinct individuals of the same species is highly important for the vigour and fertility of the offspring. The same end is gained by dichogamy or the maturation of the reproductive elements of the same flower at different periods,—by dioeciousness—self-sterility—the prepotency of pollen from another individual over a plant's own pollen,—and lastly, by the structure of the flower in relation to the visits of insects. The wonderful diversity of the means for gaining the same end in this case, and in many others, depends on the nature of all the previous changes through which the species has passed, and on the more or less complete inheritance of the successive adaptations of each part to the surrounding conditions.

—Darwin CR. 1877. The different forms of flowers on plants of the same species. London: John Murray. p.258 (リンク)

次世代の生存と繁殖のためには同種・別個体との交配が大変重要だと判明している。だから、植物が異型花柱性を獲得したのは他家受精を確実に行うためと断じても良いだろう。次の5つも、同じ目的を達成している: 雌雄異熟(一つの花の生殖器官が別々の時期にはたらく)、雌雄異株、自家不和合性、他個体の花粉が自花粉より優越する現象、訪花昆虫と関連した花のしくみだ。このように、単一の目的を果たすために驚くほどさまざまな手段があることは、他の場合でも珍しくない。個々の種が経てきた過去の進化の性質と、環境条件に対して個々の器官が示す巧みな適応がほぼ完全に受け継がれることによる。
同様の記述:
—Darwin CR. 1876. The effects of cross and self fertilisation in the vegetable kingdom. London: John Murray. p.1-2 (リンク)

この見解は長い間受入れられて来たが、1980年代後半になって修正を迫られた。Lloyd & Webb (1986)は、異熟性と自家不和合性が、ともに自家交配の回避を主な進化的背景として持つなら、次のような予測が成り立つとした。

  1. 自家不和合性を示すグループでは自家和合性のグループに比べて異熟性の進化は起こりにくい。
  2. 雌性先熟の方が雄性先熟より進化しやすい。

Lloyd & Webbは、雌性期と雄性期が重ならない場合(完全異熟)には、雄性先熟も雌性先熟も同じように自家受粉を防ぐが、重なる場合(不完全異熟)には、雄性先熟と雌性先熟はふるまいが大きく異なることにも注目した。不完全な雌性先熟では、柱頭は外から持ち込まれた花粉のみで受粉する状態を続けた後、雌性期の終わりに自花粉と共存するようになる。自家和合性の場合は、他家受粉できなかった柱頭が自家受粉するという二段構えだ。これに対して、不完全な雄性先熟では、柱頭は最初から自花粉と共存している。

しかし、Lloyd & Webbが文献を中心に集めた例から示された異熟性の種の分布は次のような傾向を示す。

最初の1つは、異熟性と雌雄異花が、少なくとも部分的には異なる利得をもたらすことを示唆している。また、後の2つは、予想に反して、自家交配の回避だけでは異熟性のメリットや進化の背景は説明できないことになる。

雄しべ・雌しべ相互干渉

Lloyd & Webb (1986)が示した「自家交配の回避以外の要因」は、「雄しべ・雌しべ相互干渉」[stamen-pistil interference]あるいは「雌雄相互干渉」[male-female interference]の低減だ。

「雄しべ・雌しべ相互干渉」とは、他家送粉における雄しべのはたらきを雌しべが、雌しべのはたらきを雄しべの障害となることをいう。花柱・花糸・子房が関与する干渉もあり得るが、雄しべ・雌しべ相互干渉の大部分は「花粉・柱頭相互干渉」[pollen-stigma interference]と考えられ、次の2つに分けられる。

  1. 柱頭が花粉の障害となる「花粉減価」または「花粉天引き」[pollen discounting]: 自花粉が自個体の柱頭に付着し、他個体へと運び出される量が減る
  2. 花粉が柱頭の障害となるstigma clogging(柱頭が自個体の花粉で覆われ、露出面積が減って他個体の花粉がつきにくくなる)・style clogging(自個体の花粉管が発芽・伸長できる場合は、花柱を経て胚珠に至る経路が花粉管で塞がれる)
葯・柱頭の相互干渉

葯と柱頭が同時にはたらいている場合、ポリネーターが葯→柱頭の順で接触するとき(図で黒い矢印で示した経路)、相互干渉は最も大きい。柱頭→葯の順で接触するとき(図で白い矢印で示した経路)と比べると、葯に接触したとき(図の1)に他個体から運んできた花粉の一部が横取りされ、残った他個体の花粉も大量の自花粉に埋没する。続けて柱頭に触れる(図の2)と、柱頭面を自花粉が覆い(stigma clogging)、花から去るとき(図の3)に自個体から運び出される花粉量も、その分少なくなる(pollen discounting)。

Bertin (1993)は、更に網羅的なデータベースを文献から作成し(Bertin & Newman 1993)、自家不和合性/和合性・異熟性・雌雄異花同株の三者の関係を分析した。以下の表はその結果(数字は種数)。

自家不和合性・和合性と雌雄異熟の分布
雌雄同熟 雌雄異熟
両性花 自家不和合性 62 (28.7%) 154 (71.3%)
自家和合性 150 (28.7%) 373 (71.3%)
雌雄異花同株 自家不和合性 1 (4.3%) 22 (95.7%)
自家和合性 2 (4.7%) 41 (95.3%)
自家不和合性・和合性と雌雄異花同株の分布
両性花 雌雄異花同株
自家不和合性 118 (90.8%) 12 (9.2%)
自家和合性 225 (90.0%) 25 (10.0%)

雌雄異熟性も、自家和合性/不和合性に関わらず同じような頻度で出現する。さらに、雌雄異花の種はほとんどが雌雄異熟を示す。また、雌雄異花も、自家和合性/不和合性で大きな頻度の違いがない。種数の比較は、異熟・異花・自家不和合性が、それぞれ違うメリット・デメリットを持つことを示唆していて、Lloyd & Webbの仮説とつじつまがあう。

同じ論文内で、Bertinは、雄性先熟と雌性先熟を区別した比較も行った。

両性花・雌雄異花と雄性先熟・雌性先熟の分布
雄性先熟 雌性先熟
両性花 393 (57.7%) 288 (42.3%)
雌雄異花 11 (12.5%) 77 (87.5%)

両性花の異熟では雄性先熟がやや多く、雌雄異花の異熟では雌性先熟が圧倒的多数を占める。

自家不和合性・和合性と雄性先熟・雌性先熟の分布
雌雄同熟 雄性先熟 雌性先熟
自家不和合性 65 (27.2%) 124 (51.9%) 50 (20.9%)
自家和合性 166 (24.7%) 238 (35.4%) 269 (40.0%)

雄性先熟は自家不和合性と、雌性先熟は自家和合性と結びつきやすい傾向がある。雌雄同熟の種では28%、雄性先熟では34%、雌性先熟では16%の種が自家不和合性を示す。Routley & al. (2004)は、Bertinが使ったデータの改訂版をもとに、自家不和合性/和合性と雌性先熟/雄性先熟との関係を系統関係を考慮してより厳密に分析し、ほぼ同じ結果を得た。つまり、雌性先熟と雄性先熟では進化的な背景に違いがあり、前者では自家交配を、後者では相互干渉を低減することが大きな選択圧となっている。

雌性先熟と雄性先熟

両性花を持つ「基部被子植物」の多くは雌性先熟性を示す。また、単子葉類の初期分化群(サトイモ科・シバナ科)や真正双子葉類の初期分化群(キンポウゲ科・アワブキ科・ハス科)も雌性先熟が報告されている。一方、種数でいうと真正双子葉類の大部分が入るキク群・バラ群では雄性先熟が多数を占め、雌性先熟は散発的に見られるだけだ。

これらのことから、初期の被子植物は雌性先熟で、単子葉類・真正双子葉類の分化の初期に雄性先熟に移行し、二次的な雌性先熟への復帰がさまざまなグループで起こったと考えられてきた。系統樹による検証(Routley & al. 2004)もこのストーリーを裏付けている。

既出のものも含め、雄性先熟/雌性先熟と共存する傾向がある形質としては、次のものが挙げられる(Lloyd & Webb 1986; Bertin & Newman 1993)。

雄性先熟 雌性先熟
虫媒(甲虫媒・トラップ送粉をのぞく)
特に、下→上と咲き進む花序+ハナバチ媒
風媒・甲虫媒・トラップ送粉
両性花 単性花
自家不和合性 自家和合性
雄しべが脱落・萎縮・倒伏する花 花柱が脱落・萎縮・倒伏する花
極地生・高山生・水生

2000年ごろまでに細部を除くコンセンサスが得られた被子植物全体の系統樹に基づいて、雌雄異熟性の進化と他の形質との関わりを検証する研究も行われている。

  1. Routley & al. (2004)
  2. Sargent & Otto (2004)
  3. Kalisz & al. (2006)
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