6-5. 動物媒花:報酬

花弁や花の匂いに虫や鳥が誘引されるのは、花粉か蜜を食べたり集めたりするためである。花弁や匂いを店の看板に例えるとすると、花粉と蜜はその店が提供する商品、ということになる。花粉は雄花と両性花ではもともと備わっているが、[nectar]は糖分を主体にした水溶液で、蜜腺[nectary]という専用の分泌組織から浸み出てくる。

蜜腺を持たず花粉だけを送粉者(ポリネーター)に与える花(花粉花[pollen flower])もあれば、花粉が食べられるのを防ぎつつ蜜を与える花もある(蜜花[nectar flower])。もちろん、蜜と花粉の両方を与える花もある。

6-5-1. 報酬としての花粉

蜜腺を持たず、花粉のみを報酬とする花=花粉花では、花粉粒は精細胞を持つ有性生殖体であるとともに送粉者の食料も兼ねる。このことには2つの利点がある。

  1. 蜜腺を作るコストが節約できる
  2. 花粉を食べることによって送粉者の身体に自然と花粉が付着するため、送粉者の行動をコントロールする必要がない

一方、次のような欠点もある。

  1. 花粉の一部は送粉者への報酬となるので、花粉量は多め
  2. チョウやガのように液体しか利用できない動物は花粉花から報酬を得ることができない。その分、花粉花は送粉者の幅が狭くなることになる。
  3. 雌花は、報酬を提供できない。両性花でも、柱頭は機能するが葯から花粉が出ない時期(雌性期)がある場合は、同じことが当てはまる。

これらのことを反映して、花粉花の多くは、次のような特徴を持っている。

  1. 雄しべは多数で、雌しべを取り囲む
  2. 花冠は皿状~カップ状で放射相称、花冠の奥まで見える。
シラユキゲシシラユキゲシ(ケシ科)。

モクレン科・オトギリソウ属・ケシ科・キンポウゲ科・バラ科などに典型例が見られる。ただ、これらが当てはまらない花もある(ナス科の一部など)。

雌花は花粉を与えることができないので、雌雄異株の植物や雌雄同株の植物では花粉花は少なく、それらは特別なしくみで送粉者を引き寄せる。マタタビ(マタタビ科)やオオバシマムラサキ(クマツヅラ科|シソ科)では、雌花の雄しべに受精能力のない「花粉もどき」ができて昆虫の食糧となる。ベゴニア(シュウカイドウ属)では、雌しべの柱頭が色も形も雄しべとよく似ており、昆虫が間違えて止まることで送粉をする。

ベゴニアベゴニア
ベゴニアベゴニアベゴニア(園芸品)の雄花(上)と雌花(左)
6-5-2. さまざまな器官・部位が蜜腺となる

蜜腺ができる場所は種類によってさまざまだ。花被片や雄しべ・雌しべとは別に蜜腺があるもの、花被片・雄しべ・雌しべの一部が蜜腺となっているもの、花被片や雄しべ全体が蜜腺として機能するものなどがある。

雄しべ・雌しべの奥

最もふつうに見られるのは、雄しべや雌しべの基部、あるいは周辺にある蜜腺だ。

セイヨウアブラナセイヨウアブラナ(アブラナ科)。内輪の4本の雄しべの付け根に緑色の突起状の蜜腺がある。

アブラナのように独立した突起になっている場合もあれば、ヤブガラシ・ユキノシタのように花盤[floral disc]の表面全体が蜜腺となって蜜を出すもの、サクラのように雄しべ・雌しべの奥が筒になっていて筒の内面から蜜を分泌するものなど、さまざまな形状がある。

ヤブガラシの花ヤブガラシ(ブドウ科)の花。緑色の花弁と皿のような平たい花盤を持つ。花盤から滲みだした蜜が水滴のように見える。
ヤブガラシヤブガラシ
ヤブガラシの花盤(SEM画像)。気孔と同じ構造の開口部が散在していて、ここから蜜が分泌される。

ユキノシタユキノシタ
ユキノシタ(ユキノシタ科)。雌しべの基部を取り巻く花盤が蜜腺。ヒラタアブの仲間がなめている。

ソメイヨシノソメイヨシノ
ソメイヨシノ(バラ科)の萼筒と縦断面。筒の底には子房があり、筒の縁には雄しべや花弁がついている。その中間=萼筒の内面から蜜がしみ出す。
雄しべ・仮雄しべ
タブノキタブノキ(クスノキ科)の花は、花被片6・雄しべ9・仮雄しべ3・雌しべ1で構成される。オレンジ色の蜜腺9個のうち、雌しべを取り巻く小さな3つは仮雄しべ(花粉をつける機能を失った雄しべ)、やや大きな6つは、雄しべの基部から一対の枝が出て、その先が蜜腺となっている。
タブノキヒラタアブの仲間が蜜を舐めに来ていた
エゾエンゴサクエゾエンゴサク(ケシ科)。花弁の一部が花の後方に突き出して「距」と呼ばれる構造をつくる。下は花弁の一部を剥ぎ取ったところ。雄しべの基部が緑色の蜜腺となって距の中に伸びている。
エゾエンゴサク
花被片
ウマノアシガタウマノアシガタ(キンポウゲ科)。花の中心には多数の緑色をした雌しべがかたまっており、それを包むように多数の雄しべがある。

ウマノアシガタ花弁の付け根に三味線のばちのようなかたちの蜜腺がある。断面(下)では細胞質の詰まった小型の細胞が集中しており、維管束がつながっている。
ウマノアシガタ

ウマノアシガタ
蜜腺のあたりに口吻を差し込んで吸蜜するスジグロシロチョウ

ウメバチソウウメバチソウ(ユキノシタ科|ウメバチソウ科)の花。花弁に鳥の羽のようなかたちの蜜腺がつく。

サバノオサバノオ(キンポウゲ科)。花被片が二重につき、内側の花被片(花弁)がオレンジ色の蜜腺となっている。

ホウセンカホウセンカ
ホウセンカホウセンカ(ツリフネソウ科)。花被片の1つに細長い突起(距)があり、その先端から距の内面に蜜が分泌される。
雌しべ
ユッカ(キミガヨラン)ユッカ(キミガヨラン)(リュウゼツラン科|キジカクシ科)の子房の横断面。雌しべ内部のすきまに蜜が分泌され、子房側面の3つの溝に出てくる。

6-5-3. 露出した蜜腺と隠された蜜腺

蜜腺をつくり蜜を分泌することの利点は、花粉花の欠点の裏返しだ。

  1. 花粉量は少なめですむ
  2. 液体しか利用出来ない動物も送粉者になる
  3. 雄花も雌花も同じように送粉者を集めることができる

一方、蜜を与えつつ、花粉が送粉者のからだに付着するように仕向け、また、花粉が食べられるのを(ある程度は)防ぐ必要がある。このためには2つの方向性がある。

  1. 蜜腺は露出していて、葯・柱頭の近くにある
  2. 蜜腺は葯・柱頭から離れた花の奥に隠れる
植物名器官位置など
ヤブガラシ花盤露出オレンジ
ユキノシタ
ウマノアシガタ花弁周辺色
ウメバチソウ黄色
サバノオオレンジ
タブノキ雄しべ・仮雄しべ
ソメイヨシノ花托花筒周辺色
アブラナ花托の突起緑色
ホウセンカ花被周辺色
エゾエンゴサク雄しべ緑色
露出した蜜腺

露出した蜜腺を持ち、蜜腺の近くに葯・柱頭がある花には、次のような傾向が見られる。

タブノキ
タブノキタブノキ(クスノキ科)で花粉を食べるヒラタアブ(上)、蜜を吸うハナバチ(左)
隠れた蜜腺

蜜腺が隠れた花には、次のような傾向が見られる。

このような花は訪花者の行動の巧みな制御が伴うことが多く、中には、蜜腺だけでなく葯や柱頭も隠れていて、複雑で精巧な器械のように見える花もある。

ゲンゲ・ニホンミツバチ
ゲンゲ(マメ科)の花。ハナバチが花弁に足を掛けてくちばしを差し込み花の奥にある蜜を吸う。このときに、花弁がハナバチの体重で押し下げられて葯と柱頭が露出し、ハナバチの腹に触れる。
6-5-4. その他の報酬

花粉・蜜に比べると数は少ないが、花が昆虫の繁殖の場になり、交尾・産卵の場所や幼虫の餌と成長のための隠れ家を提供することで送粉をするものもある(繁殖場送粉(仮訳)[brood pollination; brood-site pollination])。イチジク属(クワ科)ではイチジクコバチ類の雌が壺状の花序に入り込み、柱頭に花粉をつけてから一部の子房に産卵する。イチジク属の種が決まると産卵・送粉をするイチジクコバチ類の種も決まり、1対1の種間関係の例として古くから有名だ。ユッカ属(リュウゼツラン科|キジカクシ科)とカンコノキ属(トウダイグサ科|コミカンソウ科)の花も、子房に産卵する特定のガの種によってのみ送粉される。

フクジュソウザゼンソウ
左: フクジュソウ(キンポウゲ科)。花びらの内側が光を反射して輝いている
右: ザゼンソウ(サトイモ科)。棍棒状の花序(肉穂花序)が発熱する。

寒冷な高山帯や早春に咲く植物では、「ぬくもり」を求める昆虫を引き寄せているものが知られている。ヒマラヤの高山植物のいくつかは、花の回りに葉や長い毛によって光は差し込むが風が吹き込まない温室のような構造を作るため、「温室植物」と呼ばれる。早春に咲くキンポウゲ科のフクジュソウは浅鉢型の花を太陽に向け、パラボラアンテナのように反射光を集めて花の中心部の温度を高くしている(工藤岳 1999 花の自然史[北海道大学図書刊行会, 大原雅 編]: 216-226)。ザゼンソウ(サトイモ科)やハス(ハス科)では、花自体が発熱しており、熱によって昆虫を引き寄せている可能性もあるが、はっきりとしたことは分かっていない。

報酬を与えず、訪花者を騙すことで送粉する騙し送粉[deceit pollination]をする植物もある。シラン(ラン科)のように魅力的な花の色・形で蜜のない花へと導くもの、ベゴニア(シュウカイドウ科)の雌花のように複雑な柱頭の形が花粉を出す葯に似た「見せかけだけの報酬」になっているものなどがある。ラン科の一部の種では、花の一部が雌バチに似ており、交尾をしようとする雄バチによって送粉する。


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