0-1. 講義の特色と目標

この授業「植物形態学」[Plant morphology]は、植物の形態の基礎的事項を解説することを第一のねらいとしている。

「植物」が示す範囲は時代につれて変遷してきたし、今でも常に一定の定義で使われているとは言い難い。取りあえず、この授業では、植物はコケ植物・シダ植物・裸子植物・被子植物(この4つをまとめて「陸上植物」と呼ぶ)を指す。内容的には被子植物が中心となるが、裸子植物やシダ・コケも、主に被子植物と比較するかたちで出てくる。

生物のさまざまな特徴(形質[character])は、伝統的に形態・生理・生態のように分けられてきた(かといって、これらが常にはっきりと区別できるわけではない)。「形態」(形態形質/形態的特徴)は日常語の「かたち」「つくり」「しくみ」におおよそ対応している。

見ることができる形態形質は、視点や距離、操作、器具によって変わる。樹形や草姿のような全体を見て捉えるものもあれば、花や葉に眼を近づけて初めて分かるもの、ルーペやカメラのマクロ撮影機能の力を借りる必要があるもの、さらには、光学顕微鏡や電子顕微鏡によって可視化されるものもある。植物をそのままの状態で観察できる形質もあるが、内部の構造は分解したり切断して断面を出さないと分からない。光学顕微鏡や電子顕微鏡を高倍率で使うときには、手間の掛かる試料作成が必要となる。また、時間的な変化を伴う特徴は継続的な観察が欠かせない。

カラマツ カラマツ
カラマツ(マツ科)の樹形。右は強風にさらされる尾根上の個体で枝が風下方向に流れている。
カラスノエンドウカラスノエンドウ
カラスノエンドウ
カラスノエンドウ(マメ科)の花では、雌しべが雄しべに挟み込まれ、さらに花弁×2が左右から収納し、さらに花弁×2が左右から挟む。残る1花弁は独立している。このような構成の蝶形花はマメ科の多くの種類に見られる。
ギョウギシバ上―ギョウギシバ(イネ科)・右―ハマスゲ(カヤツリグサ科)の葉の横断面。維管束を取り巻く細胞(維管束鞘細胞)は大型の葉緑体が密に含んでいる。このような断面構造はC4型光合成と結びついている。ハマスゲ

植物の形態はきわめて多様性に富んでいる。人間は、有史以前から、形態によって身の回りの植物の種類を見分け、形態に応じて使い分ける術を編み出すことで、衣食住を支えてきた。生活を支えるだけでなく、美しい植物を身の回りに置いたり、絵に描いたりする、というような役立ち方も古くからあって、洋の東西を問わずしばしば信仰や儀礼と結びついていた。

時代が下った近代ヨーロッパでは、植物の形の多様性に、神学者は創造神の作った美しい秩序を見出そうとし、哲学者は事物の本質に関する思索の手掛かりを得ようとした。すくすくと成長する植物のようすからあるべき教育の姿に対する発想を得た思想家もいた。さらに時代が下ると、実用性や宗教・哲学から独立して、植物の形態の探求そのものを志す学問が生まれ、「植物形態学」と呼ばれるようになった。

植物形態学[plant morphology]は、おおざっぱに言うと、植物の形態の多様性を記載し、多様性の中にある種の規則性を見出して、記載段階では複雑に見えた多様性に、もっと単純な説明を与えることを目的とする学問だ。

記載[description]=人類共通の知識となるように、文章と図解を使って記録し発表すること
説明とは、複雑な現象から、いくつかの重要な要素や関係を残し、他の部分をばっさりと切り捨てて単純化したものをいう。内容によって、仮説[hypothesis]やモデル[model]と呼ばれる(生物学では、原理[principle]や法則[law]、規則[rule]は余り使われない)。仮説やモデルから、コンピューターや紙+鉛筆を使って、あるいは頭の中で仮想的に現象を再現することを、思考実験[thought experiment]またはシミュレーション[simulation]という。単純であり、かつ、現象の再現性が良いほど、優れた説明だ。

植物形態学は、観察・実験を繰り返しながら、他のさまざまな科学分野の成果を取り入れ、それらと矛盾しないように知識を積み重ねてきた。研究のあり方もさまざまで、新しい分子生物学的な手法を適用した研究が盛んに行われている一方、昔ながらの光学顕微鏡や肉眼による観察を一つ一つ積み上げる研究も行われている。

生物の形態は、生物が持つ他の特性(例えば、生理や生態)を強く反映し、一方では他の特性と比べて観察しやすく、日常生活で眼にすることも多い。だから、次のような特徴を持つ講義にしたいと考えている。


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