6-6. 動物媒花:選別
花の特徴の中には「相手を選ぶ」もの、つまり、花を訪れて報酬を得ることができる送粉者を限定すると考えられるものがある。いくつかは、既に誘引や報酬のところで出てきた。
6-6-1. 誘引による選別
視覚と嗅覚
もっぱら視覚を使って花を探すもの(鳥・チョウ・昼行性のガ・ハチなど)もいれば、嗅覚に頼るもの(ハエ・アブ・夜行性のガなど)もいる。
色の違い
視覚の場合、動物によって認識できる色(反射光の波長)が違い、昆虫(近紫外線は見える一方、赤は感じない種類が多い)では黄色・紫や近紫外線が誘引に大きな役割を果たしている(→紫外線透過フィルタで撮った花)のに対し、鳥媒花には赤や朱色のものが多い(ツバキ・サザンカ・サルビア・アロエ・デイゴなど→鳥媒花)。このことを反映して、吸蜜性の鳥が多い熱帯地方では赤~朱色の花が多いが、温帯地方では、黄色・紫・白の花が多数を占める。
嗅覚にも動物によって感受性や好みの違いがある。
6-6-2. 報酬による選別
花粉と蜜
送粉者には、口(口器)のかたちによって、蜜しか食べられないもの、蜜と花粉の両方を食べられるものがある。(花粉が食べられない場合でも、巣に持ち帰って幼虫の餌にすることができるものもいる)。また、蜜を食べる場合も、多くの昆虫にとっては滲みだしてくる蜜を舐めるので十分だけれど、鳥やコウモリは、蜜が溜まっているくらいでないと十分な食料にならない。
アロエ(アロエ科|ススキノキ科)の花は筒状で、子房から浸みだした蜜が筒の中(子房と雄しべの間のすきま)に溜まる。蜜は花の先からあふれ出すほど多量。花筒は内外各3枚(計6枚)の細長い花被片が組み合わさってできる(左)
隠された蜜腺
蜜腺が、狭い通路の奥の方にあるような花がある。
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花筒[floral tube]: 花被の基部が筒状。蜜は花筒の底にある。
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一体化した花筒
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花弁の合着(合弁)による花筒: 花弁の基部どうしがつながって(合弁[synpetaly])筒を作る
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花托筒(萼筒)[hypanthium]: 花托の先端が凹んで深い「つぼ」状になる。外から見ると萼片と連続した筒なので(厳密さに欠けるが)「萼筒」と呼ぶことが多い。
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組み合わせによる花筒: 花弁の基部の細まった部分(爪部)が組み合わさることで筒を作る
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距[spur]: 花被の一部が突起となったもの。距の形は、丸くて短いものから細長くて先が尖っているものまでさまざま。距の先に蜜がたまる。
蜜への「通路」がやや広いときには潜り込んで吸蜜できるが、細いときには長いくちばしを差し込むことが必要となる。
スイカズラ(スイカズラ科)の花。合弁による花筒。
ヤマザクラ(バラ科)の花の縦断。深い萼筒の底に子房がある。蜜は萼筒の内面から出てくる。
ケール(アブラナ科)の花筒は、4枚の花弁の下半分が組み合わさってできている
シハイスミレ(スミレ科)。スミレ類の花は花弁の1つから張り出した距を持つ。
6-6-3. 訪花者の行動パターンに対する選別
飛行性/歩行性
送粉者の多くは飛行性だが、地上や樹上を歩行する動物を選別していると思われるものもある。
タイリンアオイ(ウマノスズクサ科)。タイリンアオイを含むカンアオイ類の花は葉の陰で地面に接するように咲いている。このような花は地上歩行性の小型の生物によって送粉していると思われる。
ハラン(ユリ科|キジカクシ科)。1995年にオカトビムシ(ヨコエビ類に属する体長1cm足らずの陸生甲殻類)による送粉が報告された(Kato M 1995. The aspidistra and the amphipod. Nature 377:293. doi:10.1038/377293a0)。
昼行性/薄明~夜行性
上―カラスウリ(ウリ科)
左―ユウスゲ(ススキノキ科)
暗いときに咲く花は、レモン色(マツヨイグサ類(アカバナ科)・ユウスゲ(ユリ科)など)か白色(月下美人(サボテン科)・カラスウリ(ウリ科)など)の花冠を持つもの、強い香りを持つものが多い。
アカバナ科マツヨイグサ属の2種、夕方に開いて朝に閉じるレモン色のコマツヨイグサ(上段)と昼咲き・ピンク色のアカバナユウゲショウ(下段)。マツヨイグサ属では、花粉が納豆のようにつながり合っていて、チョウやガの細い足に花粉をつけるはたらきを持つと考えられている。
花の向き
蜜腺が奥にあり、横向きや下向きに咲く花では、花粉や蜜を取れるのは、次のようなことができる訪花者に限られる
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脚力と器用さを使って花につかまり、潜り込む(ハナバチなど)
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ホバーリングしながら、口器を差し込む(スズメガ・ツリアブなど)
ハナゾノツクバネウツギ(スイカズラ科|リンネソウ科)の花から吸蜜するトラマルハナバチ(左)・オオスカシバ(右)
ツリフネソウ(ツリフネソウ科)の花の後半分は花被片の一部がふくらんだ距で、先端は細まり丸まっている。マルハナバチが潜り込み、後脚が足場となった花弁を傷だらけにする。
ブルーサルビア(シソ科)の花から吸蜜するホシホウジャク
横向きや下向きに咲くことには、雄しべや雌しべが雨に濡れるのを防ぐという利点もある。
6-6-4. 選別をしない花
身の回りの植物を観察すると、さまざまな昆虫が訪花するものの方がむしろ多い。次のような特徴が見られることが多い。
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上向きに開く
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花冠が浅く、奥まで露出している
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軸に小さな花が密集してつく。ナンキンハゼ(トウダイグサ科)など
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花盤の表面全体が蜜腺となって蜜を出す。ヤブガラシやマユミの仲間(ニシキギ科)、セリ科、ウコギ科など
ナンキンハゼ(トウダイグサ科)の訪花昆虫
マサキ(ニシキギ科)の訪花昆虫
6-6-5. 選別の利益と損失
送粉者を限定する花は、選ばれた送粉者にとって他の動物より優先的に使える餌場になる。送粉者も他の花より優先的に訪花するようになれば、植物種と送粉者の間に店と「御得意様」のような関係ができる。このことには、いくつかの利点がある。
- 訪花者が次に訪れる花も同種の個体の花である可能性が高いので、花粉が同種の柱頭に運ばれやすい。別種の花の柱頭について無駄になる、というようなことが少ない。多数の花が一斉に咲いているような場所では、特に有利にはたらく。
- ハナバチのように、より優れた送粉者を選んで使うことが可能になる。
- どのような動物が来るかが決まっていれば、送粉者の制御はより効果的になる。
一方では、不利な点もある。
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特定の送粉者との依存関係が強いため、その送粉者がいなくなると有性生殖ができなくなる危険性がある
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(何かと同じで)選り好みが強いわりに自分の魅力が低いとだめなので、誘引や報酬に多くの資源を費やさなくてはならない。
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