6~8章で扱う花・花序・果実は有性生殖に直接かかわる「有性生殖器官」で、2~5章で扱った「栄養器官」と対置される。
被子植物の特徴の一つは、有性生殖をするときシュートの先端が「花」[flower]と呼ばれる器官をつくることだ。
日常使っている表現の多くが、「花の色」「花が咲く」「花が散る/しぼむ」など「花」と花弁を同一視している。このような感性を反映してか、「花」は、文化的伝統において「美しいもの」「目立つもの」「栄えているもの」かつ「はかない(短命な)もの」「無常なもの」「移ろうもの」として扱われてきた。
古事記・日本書紀では、ニニギノミコトは「美・繁栄・短命」を象徴するコノハナサクヤヒメに求婚して「醜・耐久・永遠」を象徴するイワナガヒメを拒絶し、死の宿命を負うことになる(世界中にある「死の起源神話」(Origin-of-death myth; ODM)の一類型)。
万葉集収録の大友家持の2首「咲く花は 移ろふ時あり あしひきの 山菅の根し 長くはありけり(20/4484)」「八千種の 花は移ろふ 常盤なる 松のさ枝を 我れは結ばな(20/4501)」は短命な花と長久な山菅の根/松の枝とを対比し、古今和歌集巻二(春・下)では桜の花の儚さを詠む歌が延々と続く。例えば、「花の木も 今は掘り植ゑじ 春た立てば 移ろふ色に 人倣ひけり」(素性法師)。
十七世紀の西欧では、花・宝飾品・楽器・若人と骸骨・死体とを組み合わせて「富や繁栄、快楽の空しさ/儚さ」という人生訓を暗示する「ヴァニタス」[Vanitas]と銘打たれた静物画がさかんに描かれた。
生物学における「花」は殆ど正反対の性格をもつ: 花の不可欠な「真の主役」は雌しべと雄しべに他ならない(花弁がない花は少しも珍しくない)。花は(1)送受粉・(2)果実になる、の2つの役割を通じて生命の連続性を担う器官で、進化を通じて獲得された巧みで逞しいしくみが凝縮している。
花では、中心(茎頂に当たる)から
単独での呼び方 | 花1つ分まとめて 呼ぶとき |
||
---|---|---|---|
花被片 | 萼片 | 花被 | 萼 |
花弁(花びら) | 花冠 | ||
雄しべ | 雄しべ/雄しべ群 | ||
雌しべ | 雄しべ/雌しべ群 |
花被片は、内側の花弁(花びら)[petal]と外側の萼片(がくへん)[sepal]の2種類に分けられることが多い。また、1つの花の花被片をまとめて「花被」[perianth]と呼ぶ。同じように、1つの花の花弁をまとめて「花冠」[corolla]、1つの花の萼片をまとめて「萼」[calyx]と呼ぶ。
このような「まとめる呼び方」は、アサガオのように花弁(5つ)が融合・一体化している場合(「花冠はラッパ状」)や、ホウセンカのように花弁(3つ)と萼片(3つ)が組み合わさって特徴的な形状を作っているとき(「花被は覆いのあるちりとり形」)に便利だ。
雄しべ・雌しべでも同様に「雄しべ群」「雌しべ群」とまとめることがあるが、文脈で分かる場合は「雄しべ」「雌しべ」で済ませることも多い。当然ながら、雌しべが花に1つのときは必ず「雌しべ」を使う。
次の項で述べるように、花はシュートの先端、萼片・花弁・雄しべは、それぞれがシュートについている葉に相当する。雌しべは1枚の葉に相当する場合と、複数の葉の集合体である場合とがある(あとでもう少し詳しく解説する)。
胞子をつける葉[sporophylls]または枝[sporangiophores]がシュートの先端に密集したものを「ストロビルス」[strobilus 複 strobili]といい、維管束植物の現生種・化石種のさまざまなグループに見られる。グループや雌雄によって構造は大きく異なる。
裸子植物の花粉錐は各グループ間で比較的よく似ており、スギナやヒカゲノカズラの胞子嚢穂とも共通性が高い。これに対して胚珠錐の構成はグループ間の違いが非常に大きい。
花粉錐・胚珠錐と被子植物の花との関係は不明な部分が大きいため、裸子植物には「花」を使わず、被子植物に限定する方がすっきりと定義できる。
花は、単独で枝につく(単生)こともあるが、多くの種では若い枝に集まってつく。このような枝のことを花序[inflorescence]と呼ぶ。
花序は、ふつうの枝と比べて、以下のような点で違っていることが多い。
これらの特徴は、花序についている花が自身の葉や枝に隠されたり、紛れたりする可能性を低くしている。
花序のようす(分岐型・発生パターン・開花順序・全形など)は、グループによって異なり、送受粉のあり方や、まれには種子散布の様式とも深く関わっている。(→花序の開花順序)
花の(究極的な)はたらき・構成・発生の遺伝的背景は、被子植物を通じて共通している。一方、形・色・サイズは、きわめて多様だ。
雄しべは、花粉袋(葯 やく[anther])と、葯をつける柄の部分(花糸[filament])からなっている。葯は多数の花粉粒[pollen grain]とそれを包む皮からできている。花粉粒の集まりを花粉[pollen 不可算名詞]という(花粉粒を「花粉」と呼ぶこともあるが、本当は間違った使い方)。
葯は、軸(花糸の先端にあたり、維管束が通っている)の両側にある2つの半葯[theca 複-thecae]でできている。半葯には1つか2つの葯室(花粉嚢)があるので、葯には合計2つか4つの葯室がある。葯室の壁(葯壁[anther wall])が裂けて花粉が葯から外に出られるようになる。セイヨウカラシナのように、葯室が4つでも、花粉が出る裂け目はふつう2つしかない。
葯から花粉が外に出られるようになることを花粉表出(仮訳)[pollen presentation]という。葯壁に縦に裂け目が入って花粉が露出するケース(縦裂開)が最も多数を占める。
ツツジやナスの仲間のように葯の端の孔から花粉が出るもの(孔開)、クスノキ科のように、葯壁の何ヶ所かが花粉とともにめくれ上がるもの(弁開)もある。
葯から露出した花粉は、
花粉表出から花粉受取までの一連のプロセスを送受粉(ポリネーション)[pollination]という。ただし、「送粉」または「受粉」で送受粉全体を指すこともあって、花粉を出す花や花粉媒介者から見るときに送粉、花粉を受け取る花から見るときに受粉が使われるようだ。このテキストでは(特に断らないときは)送受粉のことを単に「送粉」と呼ぶ。
雌しべを機能で区切ると、先端から「柱頭」「花柱」「子房」の3つの部分に分けられる。雌しべのうち、胚珠[ovule](将来、種子になる粒)が入っている部分を子房[ovary]という。子房の中に胚珠が1個だけ入っているときもあれば、多数の胚珠が並んでいるときもある。
雌しべを形態的な起源によって単一または複数の「心皮」に分けることもある。7-2. 雌しべと心皮で詳しく説明するが、花被片1枚や雄しべ1本が1枚の葉に相当するように、心皮1つが1枚の葉に相当する。雌しべを構成する心皮の数は、柱頭の枝や裂け目の数、花柱が複数ある場合は花柱の数、子房が複数の子房室を持つ場合は子房室の数、子房の断面が角張っている場合は辺の数などと一致することが多い。
雌しべの先端には花粉が付着するところ(柱頭[stigma])があり、たいていは付着しやすいように、粘り気のある毛が密生していたり、全体が粘液で光ったりしている。
リュウキュウアサガオ(ヒルガオ科)の柱頭(SEM写真)。塊状に集まった大きな突起に細い突起が密生した複雑な構造をしている。
多くの裸子植物では、胚珠の入口(珠孔)から分泌される水滴(受粉滴[pollination drop])が花粉を付着させるはたらきを持つ。付着した花粉は受粉滴ごと胚珠に吸い込まれ、花粉管を出す。
上の定義をきびしく使うと、「柱頭=花粉が付着・発芽する面」ということになるが、花粉の付着・発芽面を含む花柱先端部をまとめて「柱頭」と呼ぶことも多い。
ツクシキケマンの柱頭の場合、次の2つの表わし方があるが、図鑑類では2番目のように表わされるのがふつうだ。
子房が花の奥の方にあることが多いのに対し、柱頭は外からよく見えるところにあることが多い。だから、たいていは、子房と柱頭は離れている。両者をつなぐ柱状の部分を花柱[style]という。ものすごく長い花柱を持つ花もあれば、わりと短い花柱を持つ花、子房にじかに柱頭がついている(花柱がない)花もある。
柱頭についた花粉から花粉管[pollen tube]が伸び出して、柱頭から雌しべの中に入る。花粉管は花柱の内部を通って、子房の内部に達し胚珠に入って受精[fertilization]が起こる。
有性生殖器官としての花には、雄花(左上)・雌花(右上)・両性花(下)の3つがある。
雄しべ・雌しべの両方とも機能している花を両性花[bisexual flower; またはhermaphroditic flower]という。一方、雄しべのみが機能している花を雄花[male flower]、雌しべのみが機能している花を雌花[female flower]といい、総称して単性花[unisexual flower]という。
雄花に機能しない雌しべがある、あるいは、雌花に機能しない雄しべがある場合もあり、痕跡的な雌しべ/雄しべ(退化的な雌しべ/雄しべ・仮雌蕊/仮雄蘂)と呼ばれる。このような花を「形態上の両性花で機能上の雄(雌)花」と呼ぶこともあったが、一貫性のある用法とは言い難く、避けた方が良い。
花が両性花のみなら、集団は両性個体のみからなる。被子植物の種の約7割は両性花のみをつけ、残る約3割は雄花と雌花の両方または一方を持つと見積もられている。
一方、花が単性であっても、個体としては、両性である場合も単性である場合もある。前者の代表は「雌雄同株」(より正確には、雌雄異花同株[monoecy])で、雌花と雄花が同じ個体につく(キュウリ・アケビなど)。
後者の場合、雄株(雄花のみをつける個体)か雌株(雌花のみをつける個体)、またはその両方が集団に含まれることになる。集団が雄株と雌株のみからなるとき(マユミなど)、「集団は雌雄異株[dioecy]である」という。
両性花のみの種、雌雄異花同株の種、雌雄異株の種だけでなく、単性花と両性花、単性個体と両性個体のさまざまな組み合わせがあり、被子植物の雌と雄の組み合わせ(雌雄性、あるいは性表現ともいう)は非常に多様だ(→植物の雌雄性: タイプ分け)。コケ植物・シダ植物・裸子植物では、有性生殖器官は単性なので、雌雄同株か雌雄異株のいずれかで、コケ植物(配偶体)は雌雄異株が多数派、シダ植物(胞子体)は雌雄同株が圧倒的に多く、裸子植物は約6割が雌雄異株、約4割が雌雄同株だ。
雄しべ・雌しべのどちらもない(または機能していない)花は無性花(中性花)[asexual flower]という。無性花は、特殊な場合をのぞき、両性花・雌花・雄花の周りを取り巻いて装飾花の役割をする。
シロタエヒマワリ(キク科)。小さい花が集まって密な円盤状の花序(頭状花序)をつくる。花序内側に密集する花(筒状花)は濃黄色~黒褐色の花冠を持ち、両性花で雄性期(1)から雌性期(2)へと変化する。花序の縁にある黄色のへら状花冠を持つ花(舌状花―3)は無性花。 |
花被片で構成される花被は雌しべと雄しべの周りを取り巻いている。花被の主な役割は2つに分けられる。
誘引の役割は動物媒花に限られる。風や水で送粉される花の花被は、その必要がないため、地味な色で小さく、ない場合もある。
典型的な動物媒花では、外側の花被は保護に専門化して「萼」(花被片は「萼片」)と呼ばれ、内側の花被は誘引に専門化して「花冠」(花被片は「花弁」)と呼ばれる(異花被花[heterochlamydeous flower])。しかし、花冠と萼が分業していないものもあり、ユリ・タブノキのように内外の花被の両方が保護・誘引の両方を担うもの(同花被花[homochlamydeous flower])、ソバのように花被が一重のみで保護・誘引の両方を担うもの(単花被花[monochlamydeous flower])、センリョウのように花被がないもの(無花被花[monochlamydeous flower])もある。
異花被花 | 同花被花 | 単花被花 | 無花被花 | |
---|---|---|---|---|
外花被 | 萼(保護器官) | 保護+誘引 | 保護+誘引 | なし |
内花被 | 花冠(誘引器官) | 保護+誘引 |
離弁花(上)と合弁花(下)の模式図
異花被花には、花弁や萼片は互いにつながり合って一体化している「合弁花」と一体化していない「離弁花」とがある。
無花被花の場合はもちろん、花被があっても、保護や誘引(またはその両方)の役割が他の器官に受け渡されているケースがある。
ドクダミ(ドクダミ科)。「白い4枚の花びら」のように見えるのは花びらそっくりになった葉で、花序(黄色いところ)を拡大すると、雌しべと雄しべだけの花(無花被花)がぎっしりと集まっている。花を構成する部品/パーツ[floral parts](花被片と雄しべ・雌しべなど)の数や配置はさまざまで、植物の系統関係と機能の両方を反映する。
花の模式図と分解図 |
上で述べたとおり、外側から萼片・花弁・雄しべ・雌しべの順にらせんを描くように、あるいは同心円(輪 りん[whorl]という)上に並ぶ。同種の部品(例えば花弁)が複数の輪に分かれて並ぶこともあるので、輪の数にも違いがある。1つの輪にある部品の数、また、隣り合った輪にある部品との位置関係も、配置を特徴つける。
数と配置を、花の横断面を見たかたちで模式的に表した図を花式図[floral diagram]という。花式図は写実的である必要はなく、また、配置や数に対する解釈を含んでもよい。例えば、同じ輪にある部品を点線の円の上に並べたり、本来あるべき部品がないと考えられるときは「×」で示すこともある。
また、数と配置を、記号式で表わしたものを花式[floral formula, 複 floral formulae]という。
花式図・花式は、部品の数と位置関係を抽出することで、さまざまな花の特徴を把握しやすく、異なる花どうしを比較しやすくする。両者とも、書き方に決められたルールはないが、19世紀ドイツの植物学者Eichlerの古典的な著作"Blütendiagramme"(花式図)が一つの標準になっている。
セイヨウアブラナの花(そして、多くのアブラナ科の花)は、次のように、5つの輪があり、各輪の部品の基本数は4、と解釈される。
輪 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
---|---|---|---|---|---|
部品名 | 萼片 | 花弁 | 雄しべ | 心皮 | |
数 | 4 | 4 | 2 (2個が欠失) | 4 | 2 |
花式: K4 C4 A2+4 G(2)
K―萼片、C―花弁、A―雄しべ、G―雌しべ。Gの下線は上位子房を、(2)は2つの部品が融合して1体となっていることを示す。
輪 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
---|---|---|---|---|---|
部品名 | 花被片 | 雄しべ | 心皮 | ||
外花被片 | 内花被片 | ||||
数 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 |
花式: P3+3 A3+3 G(3)
P―花被片、A―雄しべ、G―雌しべ。Gの下線は上位子房を、(3)は3つの部品が融合して1体となっていることを示す。
輪 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
部品名 | 花被片 | 雄しべ | 仮雄しべ (蜜腺) |
心皮 | |||
外花被片 | 内花被片 | ||||||
数 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 | 1 |
花式: P3+3 A3+3+3+3° G1
P―花被片、A―雄しべ、G―雌しべ。Aの最後の3°は最内輪が仮雄しべ(雄しべ由来だが花粉を出さない=雄しべ本来の機能がない器官)を、Gの下線は上位子房を示す。
配置以上の情報を花式図に盛り込むこともできる。部品どうしがつながっている状態(合着)は、花式図では、部品どうしを実線でつなぐことで表現する。
花式でも、記号を追加することで情報を追加できる(例: Ronse De Craene 2010: 39)が、かなり複雑になる。
上の5例では、次の2つが成り立っていた。
各輪の部品の基本数がXであるとき、「X数性の花」という。アブラナは4数性[tetramerous]、ユリ・タブノキは3数性[trimerous]、ナスは5数性[pentamerous]、キケマン属は2数性[dimerous]の花を持つ。
この2つが成り立つ場合が多いことは確かだが、例外も少なくない。
アオカズラは、萼片・花弁・雄しべがいずれも同じ位置にある(対生している)。
タデ類・ミゾソバ・イタドリなどでは、花被片と外輪の雄しべは5個ずつ、内輪の雄しべは3個となる。
一つの花序で基本数が違う花が混じる例もある。