この授業「植物形態学」[Plant morphology]は、植物の形態の基礎的事項を解説することをねらいとしている。
「植物」が示す範囲は時代につれて変遷してきたし、今でも常に一定の定義で使われているとは言い難いが、この授業では、植物はいわゆる「陸上植物」(コケ植物・シダ植物・裸子植物・被子植物の4つ)を指す。被子植物を中心に、裸子植物やシダ・コケは、主に被子植物と比較するかたちで出てくる。
「形態」(形態形質/形態的特徴)は日常語の「かたち」「つくり」「しくみ」におおよそ対応する。生物のさまざまな特徴(形質[character])は、伝統的に形態・生理(生理学[physiology]の対象)・生態(生態学[ecology]の対象)のように分けられてきたが、これらの間にはっきりとした境界があるわけではない。
観察される形態形質は、視点や距離、操作、器具によって変わる。樹形や草姿のような全体を見て捉えるものもあれば、花や葉に眼を近づけて初めて分かるもの、ルーペやカメラのマクロ撮影機能の力を借りる必要があるもの、さらには、光学顕微鏡や電子顕微鏡によって可視化されるものもある。植物をそのままの状態で観察できる形質もあるが、内部の構造は分解したり切断して断面を出さないと分からない。光学顕微鏡[light microscope]や電子顕微鏡[electron microscope]を高倍率で使うときには、手間の掛かる試料作成が必要となる。時間的な変化や環境に対する反応として現われる形質の場合は、継続的な観察が欠かせない。
カラスノエンドウ(マメ科)の花では、雌しべが雄しべに挟み込まれ、さらに花弁×2が左右から収納し、さらに花弁×2が左右から挟む。残る1花弁は独立している。このような構成の蝶形花はマメ科の多くの種類に見られる。 |
あらゆる形質がそうであるように、遺伝子が、外部環境に反応しつつ、発生や成長の過程ではたらくことによって形態形質ができあがる。だから、種類ごとに異なる進化の歴史(遺伝子に刻まれている)と生育する環境の両方が形態形質の多様性をもたらす。
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種類ごとの樹形の多様性と環境条件の影響。開けた場所では、ミズナラ(ブナ科)―箒状、ミズキ(ミズキ科)―階段状、コブシ(モクレン科)・カラマツ(マツ科)―円錐状の樹形をもつ。強風にさらされる尾根上のカラマツでは、幹も枝も風下方向に流れる。 |
植物の形態はきわめて多様性に富んでいる。人間は、有史以前から、形態によって身の回りの植物の種類を見分け、用途に応じて使い分ける術を編み出すことで衣食住や「薬」に利用してきた。薬用となる植物の特徴や判別点、効能を記述する薬用植物学(西洋)・生薬学(東洋)は、後の博物学の起点の一つとなった。
生活を支えるだけでなく、美しい植物を栽培したり、身の回りに置いたり、絵に描いたりする、というような役立ち方も古くからある。さまざまな特徴をとる植物の姿は、洋の東西を問わずしばしば信仰や儀礼と結びつき、宗教や国、血族のシンボルに採用された。
ヨーロッパの王侯貴族や富裕層が世界各地から観賞用植物や有用植物を収集するようになると、博物学がさかんとなり、植物分類学の礎を成した。植物の形の多様性に、神学者は創造神の作った美しい秩序を見出そうとし、哲学者は事物の本質に関する思索の手掛かりを得ようとした。すくすくと成長する植物のようすからあるべき教育の姿に対する発想を得た思想家もいた。時代が下り、実用性や宗教・哲学から独立して、植物の形態の探求そのものを志す学問「植物形態学」が成立した。
植物形態学[plant morphology]は、おおざっぱに言うと、植物の形態の多様性を記載し、多様性の中にある種の規則性を見出して、記載段階では複雑に見えた多様性に、もっと単純な説明を与えることを目的とする学問だ。
植物形態学は、観察・実験を繰り返しながら、他のさまざまな科学分野の成果を取り入れ、それらと矛盾しないように知識を積み重ねてきた。研究のあり方もさまざまで、新しい分子生物学的な手法を適用した研究が盛んに行われている一方、昔ながらの光学顕微鏡や肉眼による観察を一つ一つ積み上げる研究も行われている。
生物の形態は、生物が持つ他の特性(例えば、生理や生態)を強く反映し、一方では他の特性と比べて観察しやすく、日常生活で眼にすることも多い。だから、次のような特徴を持つ講義にしたいと考えている。