植物組織の観察(パラフィン切片法)
試料(サンプル)の切り出し

観察する器官が大きすぎるときは、適当な大きさになるようトリミングまたは分割する。トリミング・分割の必要がない場合も、組織断面の露出部の面積が大きい方が液の浸透が良く、よい結果が得られる。

切断面2cm×3cmくらいまでは一応切片にすることが可能。しかし、試料が大きいほど、

などの不都合がある。ただし、長さ・幅・高さの全てが2mmより小さくなると試料を取り扱いにくくなる。

固定・浸透

採取した器官は、すぐに乾燥・変形・分解し始める。速やかに試料を固定液(FAA)に入れてタンパクを架橋して分解を止める。FAAの量は、試料が液中に沈み、かつ、組織中の水分によって液濃度が大きく変化しない程度。

固定液と試料を入れる容器は、エチルアルコールを溶かさない材質で密閉できるものを使う。ふつうはガラスの管瓶かPP製ねじ口瓶を使うが、材料が多数ある時はチャック付きポリ袋に入れ、それを大きめの密閉容器に入れても良い。

異なる試料は別々の容器(または袋)に入れる。標本ラベル(紙片に生物名・部位名・日付・採集地・その他必要なデータを鉛筆書きしたもの)を試料とともにFAAに入れておく。

植物組織では細胞間隙が相当な割合を占めることが多く、ふつうは空気で充たされている。また、花やつぼみのような複雑な部分は、器官のすきまに空気がある。試料内の空気は、固定液が組織に浸透する妨げになるし、特に多い場合は試料が固定液に浮いて満足な固定ができない。そのため、次のことを行なう。

  1. 攪拌: 瓶の場合は良く振る。ポリ袋の場合は、外側から軽く揉む(気泡を押し出すようにする)。
  2. 切削: 器官の表皮は細胞がぎっしりと並んでおり、また、表面に水分の通過を妨げるクチクラがあることが多いので、固定液に入れる前に、表皮を削ったり、傷を付けたり、あるいは断面を出して置く(もちろん、観察に差し支えない程度に)。
  3. 脱気: 容器の蓋を開けてアスピレーターとつないだ密閉容器に入れ、空気を引いて気圧を下げると、組織内の空気が泡となって出てくる。気圧が下がりすぎると固定液が沸騰するので、脱気の強さを調節する。

固定の時に脱気ができない場合は、攪拌と切削を十分に行うしかない。しかし、組織内の空気は後の過程でも邪魔になるので、次の過程に進む前に脱気を行う方が良い。

1日程度常温で置いて固定する。固定液に入れたまま、あるいは固定液を捨てて代わりに50%エタノールを入れて、少なくとも数年は保存できる。

このように、試料が入っている液を交換する(結果として、試料に浸透している液も入れ替わる)ことを「置換する」という。
第三ブチルアルコール置換

適量の試料を50%エタノールに入れた管瓶に入れる。半日ていど置き、50%エタノールを捨てて下の表のI液に置き換える。半日たったらII液に置き換える。以降、同様にVII液まで進める。

第三ブチルアルコールエタノール蒸留水再利用
I104050II液50にエタノール15・水35を加える×
II205030III液50にエタノール18.75・水18.75を加える
III355015IV液50にエタノール16.8・水11.8を加える
IV55450V液75にエタノール21を加える
V75250VI液75にエタノール25を加える
VI10000
VI-210000エオシンを飽和するまでとかし、
濾過して不溶物を取り除く
VII10000新しいブタノールVI液に戻す
VII-210000新しいブタノールVI液に戻す
パラフィン置換 (第三ブチルアルコール→溶融パラフィン)
パラフィン切片

試料とラベルをVII液とともにガラス容器(肉厚のものが適している)に移す。試料の一部のみを移す場合は、ラベルを複製して容器に入れる。

パラフィン切片パラフィン切片

パラフィンのペレット(ParaplastPlus)を加える。パラフィンの量は、溶融時に試料が沈むに十分な量。

パラフィン切片パラフィン切片

容器を56℃のインキュベーターに入れる。パラフィンが融け、第三ブチルアルコールと混じる。第三ブチルアルコールが蒸発して液が減少したらパラフィンを(ペレットまたは別容器で融かした状態で)追加して液量を保つ。

パラフィン切片

3日くらい置く。インキュベーター内に第三ブチルアルコールの匂いがなくなり、完全にパラフィンに置き換わる。

パラフィン包埋
パラフィン切片パラフィン切片

包埋用の皿を用意する。写真は磁器の専用品だが、プラスチック製などの適当なサイズの箱でよい。皿の内面の汚れ(特に、残っているパラフィン)を掃除し、内面にグリセリン水(グリセリンを蒸留水で数倍に薄める)を薄く塗り、アルコールランプの火で軽く炙る(暖めるため)。

パラフィン切片

融けたパラフィンで満たされたガラス容器をインキュベーターから取り出し、包埋皿の隣に置く(熱いので注意)。

パラフィン切片

アルコールランプの火で先端を熱したピンセットで作業する(冷めてきたら再び熱し直す)。

ラベルを取り出して包埋皿の端に置き、容器の中身(試料+融けたパラフィン)を包埋皿に流し込む。容器に残った試料は急いで拾い上げ、包埋皿に入れる。

パラフィン切片パラフィン切片

試料を整列する。試料がまっすぐに、互いに間隔をとりながら並ぶようにする。

パラフィン切片

静置して10分ほど待ち、固まったら流水中で冷やす。

パラフィン切片パラフィン切片

十分に冷えたら包埋皿から取り外す。この状態を「パラフィンケーキ」と呼ぶ。

グリセリン水の塗布が不十分だったり、包埋皿の内面に前回のパラフィンが残っていると包埋皿からうまく外れないことがある。ピンセットなどでこじ開けるように外す。

パラフィンブロックの切り出し
パラフィン切片パラフィン切片

カミソリの刃(片刃)で試料と試料の間に浅く切り込みを入れる。

パラフィン切片パラフィン切片

切り込みの両側を指で掴み、軽く力を入れて折る。

パラフィン切片

試料1個ごとにブロック化する

パラフィン切片パラフィン切片

カミソリの刃で薄く削り取って整形する。削り取ったパラフィン片は器に集め、パラフィンペレットとして再利用する。

パラフィン切片パラフィン切片パラフィン切片

完成したパラフィンブロック。上面が切断面で、試料が切断方向に対して垂直に入っている。底面と切断面は平行になっている。

マウント
パラフィン切片

試料台(木片)とコテ

パラフィン切片

コテは火で熱して使う

パラフィン切片

新品の試料台(左)と使い古した試料台(右)

パラフィン切片パラフィン切片
パラフィン切片

新品の試料台は、上面にパラフィン片を置いて熱したコテで融かしてしみこませる。何度も繰り返し、パラフィンを「なじませて」おく。

パラフィン切片パラフィン切片

よく熱したコテをパラフィンブロックの底面と試料台の上面ではさみ、両方のパラフィンが融けたところで引き抜く。

パラフィン切片

試料台の上部にラベルを融けたパラフィンで貼り付ける。冷凍庫で数分冷やす。

スライドグラスの準備
パラフィン切片
回転式ミクロトーム
パラフィン切片

回転式ミクロトーム。価格は約32万円で、使い捨ての替刃が1枚150~200円。

パラフィン切片
パラフィン切片

細長い替刃がねじ止めされている。刃の部分には触らないよう注意する。また、刃に堅いものを当てないようにする。

パラフィン切片

試料受け

パラフィン切片

前進量設定ツマミ。ここでは、10μmに設定されている。

パラフィン切片パラフィン切片

左の写真は前面のハンドルがONの状態。横のハンドルは動かない。歯車に噛んでいる弧状のレバーを外すと右の写真のようになる。このときは前面のハンドルがOFFで、横のハンドルで試料受けを前後に動かせる(右に回すと後退、左に回すと前進)。弧状のレバーを止めている三角形の小レバー(左下)を動かして引っかけを外すと元(左の写真)に戻る。

パラフィン切片

ストッパーが入っている状態。

切片作成
パラフィン切片

試料受けに試料台を挟み込み、ねじを締めて固定する。ねじの右にあるレバーを緩めると試料受けは全方向に動き、レバーを締めると固定される。

パラフィン切片

レバーを緩めて試料台の向きを調節し、

  1. パラフィンブロックの上辺・下辺・刃の3つの直線が平行になる
  2. パラフィンブロックの切断面が地面と垂直になる
  3. 刃が切断面よりわずかに左にある

ようにする。

パラフィン切片 パラフィン切片パラフィンリボンがベルト上を伸びていくようにする。
パラフィン切片 パラフィン切片

切ったとたんに切片が巻き上がったり(巻紙のようになって刃に貼り付く)、刃やブロックに貼り付いて、リボンにならないことがある。削るときの摩擦で静電気が生じるためであることが多い。

などの対策を取る。

伸展
パラフィン切片

リボンを2本の筆で平坦面(黒い方が便利)に移し、片刃のカミソリの刃でスライドグラスに載せる長さに切る。

パラフィン切片

接着液を塗ったスライドグラス上に蒸留水の水溜まりを作り、リボンを乗せる。リボンは水溜まりにひっつくので、写真のように引きずり気味にしてリボンが折りたたまれないようにする。

パラフィン切片

リボンがスライドグラスに移ったら、35~45℃に保温したホットプレート上にスライドグラスを乗せる。リボンが細い場合は、2列3列になっても良い。

低温すぎるとリボンがスライドグラスに十分付着せず、染色中に脱落することがある(特に、堅い組織ほど脱落しやすい)。また、高温すぎると気泡が生じて試料に損傷が出たり、リボンが変形して試料が歪む危険がある。

パラフィン切片

ホットプレート上に移動したら、リボンが水溜まりの表面を動ける程度まで蒸留水を追加する。リボンは温水上を漂いながら伸展する。

リボンが十分に伸展したら(判断しがたい場合は、顕微鏡で確認する)、温水を蒸発させ、そのまま24hていどホットプレート上で暖める。

  1. 水が蒸発するまでの間にリボンが大きく動いて配列が乱れたときは、針先やピンセットの先で整える。針先やピンセットの先が暖まるとリボンとくっついて取れなくなるので、手早く行う。
  2. 水が蒸発するまでの間に、湾曲したリボンを針先やピンセットの先で引っ張るようにして伸ばすこともできる。
  3. 果実や種子のような堅い試料の場合は、蒸発後にスライドグラスをアルコールランプの火にかざし、パラフィンリボンの形が融け崩れるぎりぎりまで暖めて切片を圧着させる。
パラフィン切片

温水上でリボンが伸展するのは、切ったときに縮んだ分が復元するためだ。薄く切るほど縮み量が多くなるが、おおむね1.2~1.4倍に長さが伸びる。プレパラートに使うカバーグラスの大きさと伸展量を考慮してスライドグラスに乗せるリボンの長さを決める。24×50mmのカバーグラスを想定した場合、カミソリの刃の長辺の長さがおよその上限となる

パラフィン除去・染色・再脱水・レモゾール置換
1レモゾール(1)20分
2レモゾール(2)10分
3レモゾール(3)10分
4レモゾール・99%エタノール1:1混合液(1)15分
599%エタノール(1)10分
699%エタノール(2)10分
795%エタノール(1)10分
890%エタノール(1)10分
980%エタノール(1)10分
1070%エタノール(1)10分
1150%エタノール(1)10分
12流水(水洗)10分
13蒸留水数秒
143%鉄ミョウバン水溶液10分
15流水(水洗)10分
16蒸留水数秒
170.5%ヘマトキシリン水溶液10分
18流水(水洗)10分
19蒸留水数秒
203%鉄ミョウバン水溶液10分
21流水(水洗)10分
22蒸留水数秒
231%サフラニン50%エタノール溶液1~2日
24流水(水洗)10分
25蒸留水数秒
2650%エタノール(2)10分
2770%エタノール(2)10分
2880%エタノール(2)10分
2990%エタノール(2)10分
30(14) 1%ファストグリーンFCF90%エタノール溶液20秒
3195%エタノール(2)10分
3299%エタノール(3)10分
33レモゾール・99%エタノール1:1混合液(2)15分
34レモゾール(4)20分
35レモゾール(5)20分
36レモゾール(6)20分
封入(マウント)・乾燥

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